日本初サーチャーとしての経験と思い | vol.2 - サーチファンドの設立

本コラムは、2019年に当社代表伊藤公健が個人のnoteで掲載した経験談を元に、開示情報の追加・見直しも含めて再編集したものです。

―――

日本初サーチャーとしての経験と思い | vol.2 サーチファンドの設立

―――

【サーチ資金の調達】

 さて、私自身のサーチファンドの経験に戻ろう。

 サーチファンドを始めようということで、まず始めたのはサーチ資金を出資してくれる投資家探し。当時、コンサル業務も行っており、当面の生活費という意味では困っていなかったが、ゆくゆくサーチファンドの仕組みを世に浸透させるためには、サーチファンドのコンセプトを理解してくれる投資家から、サーチ資金の出資を得ることを目指したいと考え、資金調達活動をはじめた。

 機関投資家、オーナー系の事業会社トップ、エンジェル投資家など、様々なタイプの投資家に、サーチファンドというコンセプトの魅力、日本での可能性、また私の経験との相性等をお伝えし、出資のお願いをさせていただいた。お会いした方はおそらく20~30人くらいだったと思う。

 結論から言うと、複数の出資者からサーチ活動のための資金支援を受け、サーチファンドの仕組みのキモを満たすかたちで、M&Aを目指すビークルを設立した。

 ただサーチ資金のコミットを得るのは簡単ではなかった。何度も提案を重ね、真剣に検討いただいた投資家もいらっしゃったが、はじめましてからご提案させていただいた機関投資家等からの資金を得ることはできず、最終的には関係性のあった先からサーチ資金支援を得ることになった。

 出資者への提案をそれなりに工夫したこともあり、米国で標準的なサーチファンド出資契約をそのまま使用せず、テクニカルには本件のための独自のスキームを構築した。サーチファンドの類型として言われるトラディショナル型、アクセラレーター型でいうと、強いて言うとトラディショナル型に近いかもしれない。

 米国のひな型契約をベースにしたわけではないため「伊藤さんのスキームではサーチファンドを設立したとは認めない」という見方もあるかもしれないが、「複数の出資者からサーチ活動のための資金支援を得る」、「M&A資金調達時に、サーチ資金の出資者に優遇措置を付与する」等の本質的なコンセプトを実装したスキームであり、サーチファンドを設立したと言って差し支えないと考えている。

2014年当時、サーチ資金出資の提案資料の一部

【サーチ資金の調達で直面したハードル】

 出資者候補の方にサーチファンドのコンセプトを説明すると、ほぼ100%の方から「初めて聞いた仕組みだけどおもしろいね」と興味を示してもらえた。ただ、最終的なサーチ資金出資にはなかなか至らない。そもそもの私への信頼というハードルに加え、サーチファンド特有のハードルだと感じたポイントは主に4つだったと私は思っている。

1. 投資一件あたりのリターンが小さい

「うまくいったら、どこまで大きくなるの?」

 サーチファンドによる投資は、一般的にはPE投資と同様、比較的リスクの小さい安定した企業が対象になる。

 もちろんホームラン投資になる可能性もあるが、基本的にはPE投資なので、10倍、100倍の可能性を見込むベンチャー投資と比べると、うまくいった場合のアップサイドは限定的である。 

 またPE投資の一種として考えると、例えば5億円で中小企業に投資するより、50億円で中堅企業に投資した方が、期待リターンの絶対値は大きい。投資の難しさや労力は、必ずしも投資規模に比例しないので、大きな案件に投資をした方が効率は良い。

 中小企業を投資対象とするサーチファンドは難易度のわりにリターンが小さいのではないか、というわけだ。(※一般論として、PEファンドの投資対象規模が大きくなりがちな理由もここにある)

2. 再現性が不透明

「伊藤さんに投資するという判断はできるかもしれないが、二人目、三人目の伊藤さんはでてくるの?」

 投資一件あたりのリターンが限定的であれば、投資の数が増えるのかというのが次の質問になる。

 通常のPEファンドでは、同じチームが多くの投資案件を担当する。したがって、チームの経験やノウハウが組織知となり投資に再現性がでてくる。

 一方サーチファンドは、投資先探し、投資実行、そして投資後の経営までサーチャー個人が主導する。そしてその個人は、原則として一件の投資先にフルコミットする。したがって、案件ごとにサーチャーは別人ということになり、ノウハウの蓄積や成功例の再現が難しい。

 そうすると、投資に値するサーチャーは次々現れてくるのか、といった点が再現性のキモになるが、私が日本で初めてサーチファンドの立ち上げを目指していた2014年当時は、当然その確証はなかった。私としては、いずれサーチャーを目指す優秀な人材は増えるという自信はあり、将来的にサーチャーになり得る知人のリスト等は提示していたが、納得してもらうには時期尚早であった。

 再現性が見えない新しいコンセプトに投資をするのは、(特に組織的な機関投資家にとっては)事業性という意味で難しかったようだ。

3. 個別企業への投資判断のノウハウがない

「M&A資金の出資の際、うちは個別企業の良し悪しを判断できないかもしれない」

 個人的に新鮮だったNG理由は、個別企業の目利きができないというものであった。通常、PEファンドに資金を出資する投資家(LP)は、ファンド運営責任者(GP)に投資先の選定や投資の意思決定を一任する。つまり、GPチームを信頼して出資した後は、個別案件の目利きはGPが行う。

 が、サーチファンドの場合、サーチャーが投資案件を見つけた後、投資家にM&A資金出資の是非を仰ぐ。つまり投資チームの目利きを行うのが主業の投資家に、投資対象企業の目利きをしてくれと言っていることに近い。このような背景もあり、PEファンドに出資をしている複数の投資家から「自分たちには個別案件の目利きのノウハウは無い」という理由で、支援見送りの判断をいただいた。

 投資案件ごとに事業内容や投資条件を見てからM&A資金出資の是非を判断できる、つまりリスクコントロールができるという点は、投資家にとってサーチファンドの仕組みにおける大きなメリットだと思っていたが、逆にネガティブな要素と見られることは、新鮮であり残念でもあった。

4. 経済的リターン以外の戦略的価値が見えにくい

 ベンチャーファンドなどに投資する投資家は、経済的なリターン以外に本業とのシナジーや最先端のトレンドとの接点など、戦略的なメリットを期待している場合が少なくない。

 一方、サーチファンドが投資対象とする企業は、いわゆるオールドエコノミーに属する中小企業が多い。また、投資対象の事業領域も決まっているわけではなく、投資件数も一人のサーチャーあたり一社だ。そうすると、多くの投資家にとって経済的リターン以外の戦略的なメリットが見えにくい。

 (※2020年代に入り、地方銀行がサーチファンドに関心が高いのは、地方中小企業における事業承継という戦略的意味合いを見出しているからだろう。私がサーチファンドを立ち上げた2014年には地方銀行にはアプローチしていなかったし、おそらく時期尚早であった)

---

 もちろん投資家のタイプによって、出資の目的や基準は異なるものであり、論点にも濃淡があったが、サーチファンドの構造に起因するハードルは概ね上記のようなものであった。

 もしこのまま日本の投資家からのサーチ資金調達ができなかったら、海外の投資家にコンタクトしようと思っていた。すでにサーチファンドのエコシステムが存在する欧米では、サーチファンドに投資する投資家が多く存在し、「日本初のサーチファンドに投資しませんか」という提案は魅力的に映るだろうと考えていた。

 ただ、国によってファンド運営のための規制や手続きが異なるため、非常に面倒なことになるのは目に見えており、なるべく避けたかった。

 幸いにして、海外の投資家にコンタクトする前に、サーチ資金調達に目途が立ち、サーチファンドを設立することができた。

2014年当時、サーチ資金出資の提案資料の一部

【投資ビークルとしてのハコ】

 投資家からの資金調達にあたって、目立たないが非常に面倒かつ重要な業務として、ファンド組成・運営にあたってのハコづくりの話もしておこう。

 そもそも、お金を集めて投資をするのに、どういうハコを用意すればよいのか?組合を作る必要があるのか?株式会社ではだめなのか?合同会社は?

 一般的に日本で投資ファンドを運営する場合、出資者の権利・義務の調整のしやすさ、税務上のメリットなどの理由から、資金を集めるハコとしては「投資事業有限責任組合」という形式をとる場合が多い。私はこの形式で組合(=ファンド)を設立した。

 詳細は省くが、「投資事業有限責任組合」という名の通り投資事業を行うのに適したハコで比較的使いやすいのだが、投資家保護の観点から、不正を防止するための手続きや制限も多い。適格機関投資家特例業務という比較的簡易な制度(というかほとんどの人にとって現実的はこれしかない)もあるのだが、それでも必要な手続きは多い。さらに、制度改正により制約や義務が増える傾向にもある。

▼参考:投資事業有限責任組合の概要はこちら

https://www.nomura.co.jp/terms/japan/to/A02551.html

▼参考:適格機関投資家特例業務の概要はこちら

https://lfb.mof.go.jp/kantou/kinyuu/kinshotorihou/tokureigyoumugaiyou.pdf

 このあたりは、小規模な投資ファンドを設立・運営する際に苦労するところの一つだと思う。私は学びのためにと思い、手続きのほとんどを自分で行ったが、なかなかに手間がかかった。関係者のニーズ次第だが、必ずしも投資事業有限責任組合という形式にこだわる必要はない。

 ちなみに、ケイマンなど外国籍ファンドの設立は一瞬だけ検討してやめた。数億円程度の投資を一件やるためのスキームとしては、設立・運営の費用や手間が全く割に合わない。

 ちなみに通常の投資事業有限責任組合のモデル契約はwebで入手可能である。一般的な条文と検討のポイントが記載されているので参考になる。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/lps_model2211.pdf

https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/data/20180402006-2.pdf

【出資契約】

 投資家と運営側(サーチャー)との権利・義務を取り決める出資契約も、面倒だが重要な手続きの一つだ。

 通常の投資ファンドの出資契約で重要な

-投資期間(出資を約束してもらえる期間、エグジットまでの期間)

-ファンド運営フィー

-成功報酬

-その他、ガバナンスに関する取り決め

 などに加え、サーチファンドに特有の仕組み(サーチ資金と買収資金を二段階で調達するスキームの調整)を検討することになる。

 海外のサーチファンドには長年の歴史に揉まれた契約のひな型があるのだが、私の場合は日本の投資家から支援を得るにあたって、ひな型をそのまま流用してもうまくいかないと思い、サーチファンドのコンセプトを維持しつつ、投資家の理解を得やすいスキームを考案した。

 さらに細かい話が続くが、買収完了後にも、少数株主からの株式買取(スクイーズアウト)や、投資家へのリターン分配など・・・、投資ファンドとしての様々な裏方業務が発生する。私の場合は、たまたまPE業界での経験があったので、これらの業務にも土地勘があったが、未経験で臨む場合はそれなりのハードルがあるかもしれない。

【ファンド設立/資金調達のスキームを考える意味】

 ダイナミックな事業の話の裏にあるこういった目立たない業務について、今回は詳細を解説するつもりはない。全体として「そんな業務もあるのね」くらいに捉えてもらえばよい。 詳細は、他に情報ソースがたくさんあるので参照されたし。

 ただ、こういった業務の一つ一つの意味を理解し戦略的に考えることは、資金調達やM&Aの提案の引き出しにつながったり、後々の資本戦略の自由度に影響したり、思わぬところで効いてくることが多い。この引き出しの有無が、M&Aの実現を左右することもある。

 「サーチファンドだからこう・・」「専門家にお任せ」と思考停止せず、常に目的に立ち返り、また関係者の利害も想像し、それを実現するための手段を柔軟に考えることをお勧めする。

 表に見える華やかな事業の裏にも、戦略的に考えるべき目立たない業務がたくさんある、ということを理解してもらえれば幸いである。

--

▼日本初サーチャーとしての経験と思い

vol.1 サーチファンドとの出会い

vol.2 サーチファンドの設立

vol.3 ソーシング~経営~エグジット

すべての記事へ

PARTNERS

合弁パートナー