前回、サーチファンドの定義や、また日本におけるサーチファンド業界の背景を整理してみました。今回は、日本で独自の発展をしつつあるサーチファンド投資のスタイルと、米国で主流のスタイルとの違い、またPEファンドとサーチファンドとの違いを考察します。
---
日本と米国のサーチファンド投資スタイルの違いと特徴
上記のように、現在日本で主流のサーチファンド投資スタイルと、米国で主流のスタイルとは異なります。それぞれの特徴やメリット・デメリットを整理してみましょう。
日米でそれぞれ主流のサーチファンド投資スタイルの違いの本質は、投資家が1社か10社かという点です。この差が起因となり、様々な特徴や違いが生まれています。
アクセラレーター型の特徴
日本で主流のスタイルは「アクセラレーター型」とも呼ばれます。投資家1社が大株主としてサーチャーを強力に支援/後押しするスタイルです。投資家からサーチャーの成功に対するコミットが強くなり、強力なハンズオン支援につながりやすいというメリットがあります。
当社、サーチファンド・ジャパンもこの戦略をとっており、投資チームの座組から支援プロセスまで、この方針に則って設立・運営されています。
また投資家とのコミュニケーションコストの低さ、信頼関係の構築しやすさもアクセラレーター型のメリットの一つでしょう。10人の投資家と定期的にコミュニケーションを取り、信頼を構築し、投資稟議を通すのは労力がかかります。1社とどっぷりコミュニケーションを取ることで、双方の理解を深められるのは、アクセラレーター型の大きなメリットと言えます。
一方で、1社の大株主による支援には潜在的なデメリットもあります。
投資基準の幅の制約はその一つでしょう。投資会社にはそれぞれ投資基準/方針があり、1社でありとあらゆるタイプ/ステージの企業に投資ができることは稀です。サーチャーが発掘した投資先候補が良い会社だったとしても、この大株主の投資方針と合わない場合、M&Aの資金出資の稟議を通すのが難しくなる可能性があります。
またサーチャーが独力でM&Aと経営を推進できる場合、ハンズオンの支援が面倒に感じられるかもしれません。投資家としては良かれと思ってハンズオンで支援をしているつもりでも、自立したサーチャーの中には「放っておいてくれ」と思う方がいるかもしれません。(ただ、どんなスタイルであれ、事業・経営は多くの人々との協力関係の中で成り立つものなので、何でも独力でやりたがる人はそもそも経営に向いていないかもしれませんが)
トラディショナル型の特徴
10~20社の投資家から支援を得る、トラディショナル型サーチファンドの特徴も見てみましょう。先ほどのアクセラレーター型の裏返しとも言えますが、良くも悪くもサーチャーに独力での行動が求められることが一番の特徴でしょう。
10人の投資家とのコミュニケーションや交渉が必要であること。それぞれマイノリティ投資家なので、強力なハンズオン支援は期待しにくいこと。その中で、投資先発掘、オーナーとの交渉、投資実務、投資後の経営を独力で行う必要があることは、トラディショナル型でサーチ活動を行うハードルであると言えます。
一方で、これらを自力で行うことができる人にとっては、特定の投資家の影響力が小さい中で自由度高く活動ができることは、メリットになり得るでしょう。発掘した投資先候補のM&A資金を調達する際にも、10人の投資家がいれば、誰かの投資基準に合わなくても、他の誰かが思い切った支援をしてくれるかもしれません。
サーチ活動費用を出資してもらう10人の投資家を集める際には、M&A時点の投資方針やその幅の広さまで考えて投資家を選ぶと、トラディショナル型のメリットが最大化できると思います。(実際には投資家を選べる余裕はないかもしれませんが)
またトラディショナル型は、米国発の40年の歴史の中で投資家募集のフォーマットや条件もある程度標準化されています。日本ではトラディショナル型のサーチファンドに出資できる投資家はまだ少ないですが、グローバルに目を向ければ投資家層も厚いため、グローバルを対象に投資家募集ができるサーチャーにとっては、トラディショナル型の資金調達はやりやすいかもしれません。
参考までに、トラディショナル型サーチファンドの投資家募集の際に使われるひな型を日本語でアレンジしたものがこちらです。
トラディショナル型のサーチファンドに挑戦する人は、このような投資活動計画書のようなものを作って投資家からの出資を募ります。
アクセラレーター型/トラディショナル型に共通すること
いずれのスタイルにおいても変わらないのは、サーチファンドはあくまで「個人が投資家から資金支援を受け、M&Aと経営を行う」活動であるという点です。つまり、サーチャーはリスクをとってチャレンジするアントレプレナーなのです。
サーチファンドの概念を説明する表現として、「Entrepreneurship Through Acquisition」という言葉があります。日本語にすると「企業買収を通じた起業」、つまりサーチファンドは起業の一種でもあるのです。サーチャーとしてこのマインドが求められるのは、アクセラレーター型においてもトラディショナル型においても共通です。
-----
PEファンドとサーチファンドの違い
「企業の株式を原則100%取得する」投資スキームという意味では、サーチファンドはPE投資の一種でもあります。しかし、サーチファンドはあくまでM&Aを目指す個人が主役であり、CEOを招聘する従来のPEファンドとは似て非なるものです。この差は、様々な関係者の視点で大きな違いがあります。
経営者候補/サーチャーにとって
まず経営者候補/サーチャーにとっては、活動推進や意思決定の主従が異なります。
従来のPEファンドでは、PEファンドが主体となって投資を推進する中で、投資決定の直前/直後に経営者候補を選定します。従って投資先や投資後の経営戦略がある程度決まった中で、それを実行できる経営者候補が求められます。
サーチファンドにおいては、活動を推進するのも投資の是非を決めるのもサーチャー個人です。もちろん、サーチャーが投資したいと思っても投資家の稟議が通らないと出資が得られずM&Aは実現しませんが、投資家に提案する戦略やストーリーを描くのはサーチャーです。
自らの思いのままに投資ストーリーを描けることは、サーチファンドの醍醐味でもあり、自らの実力が試される場面であるとも言えます。
投資先の企業にとって
投資候補先の企業にとっても、主役が投資家であるPEファンドと、主役がサーチャーであるサーチファンドとでは、その意味合いは大きく異なります。
私たちが投資検討をしている中で、「第三者に会社を譲渡するのは決めたが、誰が後継者になってくれるのか分からないのが不安」という企業オーナーをよく目にします。このようなオーナーにとって、投資を決めた後に経営者を探すPEファンドと、後継者候補自らが最初から最後までオーナーシップをもってM&Aを主導するサーチファンドとでは大きく見え方が異なります。
実際に「ファンドへの譲渡はNGだが、サーチャーには会ってみたい」と話が進んだことは少なくありません。実際に譲渡まで至った事例も複数あります。
一方で「どこの馬の骨とも分からない個人」への譲渡に不安を抱えるオーナー様もいらっしゃいます。この点に関しては、トラディショナル型のサーチファンドより、バックに信用力のある投資家のいるアクセラレーター型のサーチファンドが信用補完という観点でアドバンテージがあるかもしれません。
投資家の立ち位置/役割
従来のPEファンドにおいては、当然PEファンドのメンバーが投資候補の発掘、事業性やスキームの検討、オーナーとの交渉等を主導します。
一方サーチファンドの投資家は、一義的にはサーチャーが主導するM&Aに対して出資の是非を判断する立場です。サーチャーとサーチファンド投資家の関係は、従来のPEファンドにおける投資担当と投資委員会に近いと言えるでしょう。
当社サーチファンド・ジャパンにおいては、サーチャーによるM&A・経営の成功に強くコミットするハンズオン支援を信条としているため、サーチャーと二人三脚で投資検討を進めます。しかし、それでもファンド側がやりたい案件をサーチャーに強要したり、我々が意思決定を主導したりすることはありません。
サーチファンド投資のキモは、優秀な経営者候補が強い覚悟でM&Aと経営を主導することです。私たちの役割は、投資の専門家として、サーチャーがより良い意思決定を行うサポートをすると同時に、サーチャーのモチベーションとオーナーシップを醸成することだと考えています。
-----
当社代表伊藤が日本で初めてサーチ活動を開始してから約10年、山口フィナンシャルグループが日本で初めて組織的なサーチファンド投資家として活動を始めてから約5年が経ち、日本におけるサーチファンド業界は黎明期から発展期に差し掛かろうとしています。
マーケットの無かった状態から、日本ならではのスタイルでサーチファンド業界が立ち上がりました。グローバル標準のスタイルと異なる発展をしていることについて様々な見方はあると思いますが、様々な関係者が工夫を凝らしてきた結果、業界が発展しつつあることは間違いないでしょう。 今後も、様々な形で「個人が主導するM&A」という仕組みは広がっていくと思います。業界が健全かつ大きく発展していくために、私たちもサーチファンド業界のリーディングカンパニーであり続けられるようチャレンジしていきたいと思います。